
はじめに
わたしの大叔母、私の父の叔母は、大正生まれ。
和裁が得意で、戦後満州から引き揚げてきてからは、家事の傍ら、着物の仕立ての仕事をずっとしてきました。
一方で、これは当時の流行りだったのかな?と思うのですが、趣味でビーズのバッグやポーチを作っては、わたしやわたしの従妹たちにプレゼントしてくれました。
私たち家族と大叔母のつながりが深いのには理由があって、父が生まれてすぐ、父の母が亡くなり、父の祖母とまだ未婚で同居していた大叔母が、父の母代わりだったからです。
わたしも小さい頃から、この大叔母に浴衣や半纏、洋服までも作ってもらいました。ただ有難く受け取るばかりで、満足にお返しも出来なかったことを今になって本当に残念に思っています。
せめてこのブログで紹介することで、ささやかだけれど供養になればと思います。
1.桜色のバッグ
冒頭の写真のもの
わたしの成人式に合わせて作ってくれたもの。
(縦:約16cm 横:約22cm マチの幅:6cm)
下の写真は、バッグの反対側の写真。
似たような図柄だけれど、表と裏で微妙に図柄を変える、ということを大叔母はしていたようです。
どちらを表にして使っても大丈夫。

2.椿のお財布

花弁を白のビーズで縁取ることで、花弁がくっきり見えます。
3.朱色のバッグ


縦16cm 横19cm
モチーフは、花だろうなあとは思うんですが、わたしには、なんだか海の中のサンゴ礁のように見えるんですよね。
4.小さいポーチ


縦10cm 横13cm
当時のわたしは、とっても綺麗なんだけれども持ち歩くには重いし、きらびやか過ぎるし、一体これはどう使えば?と思った記憶が。
5.セカンドバッグ


縦14cm 横19cm
地の色が紺で、私が貰ったものの中では落ち着いた色合いのものですが、それでも今のわたしの年齢では残念ながらちょっと派手になってしまった。娘に譲るまでは、眺めて楽しむことにします。
6.長財布

縦10cm 横18.5cm
母も勿体なくてあまり使わなかったらしい。長財布と書きましたが、通帳入れ?くらいのつもりで作ったかもしれない。縁取りの、明るめの青のビーズが効いています。
7.大叔母の使った道具たち

一番奥で、布袋に入っているのが、日本刺繍の木枠。組み立てると小さいテーブルのような形になって、木枠の中央に布を張って使います。大叔母は、日本刺繍はやらなかったみたいだけど、この木枠が便利だから使っていると話していました。
ビーズは、たぶんほとんどが東宝ビーズというメーカーの物。昭和の頃だって、茨城でも買えるお店はあったと思うのだけど、わざわざ都内のお店に通っていたようです。
そして一番手前に見えるのが、ビーズ置きに使っていたビロードの生地。昔はメガネを買うと、眼鏡屋さんが名入りのメガネ拭きをサービスしてくれたものですが、そんな物も縫い合わせて再利用していたようです。

これらは、図案の参考にしたであろう広告や記事の切り抜き。日本画の屏風の広告もあります。
バッグの型紙には、チラシを再利用したりしています。
おわりに
ここに写真を上げたのは、大叔母が作ったもののほんの一部です。わたしの母や、わたしの従妹たちに作ったものを合わせると、この5倍くらいはあるのではと思います。
しばらく前から、それらを集めてささやかでも個展をしたいと思いつつ、億劫がりの自分はなかなか腰が上がりません。でも、手元にあるものだけでも、こうして興味のある方に見て頂けたら、本当に嬉しい。
いつもお洒落で凛としていた大叔母も、ちょっと恥ずかしそうにしながら空の上で喜んでくれる気がします。